2014年05月19日

全国長者町征服計画in犬山市長者町〜女にだって征服欲はある!

 4月2日土曜日、心配された雨も降らず、公式には随分久しぶりでしたが長者町ゼミ生による”全国長者町征服計画in犬山市長者町”が行なわれました。
 当日は名鉄羽黒駅に10時半頃集合。今回の参加者は新人のYさんを含め7名での征服です。
以前、名鉄羽黒駅は明治村の最寄り駅としてバス停もあったのですが、今はないので目指す”長者町団地”まで歩道もとぎれとぎれの長閑な風景の県道16号線を20分程歩けば、団地に沿って流れる川沿いの桜並木も満開に私達を迎えてくれました。
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■ 長者町会館
 一行が最初に向かったのは団地の北西角にある『長者町会館』です。じつは、ここ長者町団地は私達がお世話になっている名古屋市の長者町と深い関係にあるのです。会館の前に立つ石碑の裏にはこう書かれていました。

 『住宅の不足という社会的な要求にこたえ
 ここ犬山の地に大団地の開発に立ち上がった。
 そしてその名を我ら開発者の住む
 町と同じく「長者町」と名付け分身とも考えてきた。
 名古屋市の行政区画整理により
 昭和四十年一月名古屋市から長者町の名が消えた今日
 犬山長者町はますます我々と
 心の繋がりが深まったと考えている。』

 そう、この団地の開発は名古屋市の長者町の方たちの手によって成された、まさに分身だったのです。

 犬山長者町団地開発由来
 開発地 犬山市羽黒字金山他山林十万坪
 開発造成区画 九〇〇
 昭和三十八年四月一日 犬山長者町団地協同組合設立
 平成三年七月二十九日 団地造成完了 協同組合解散
 平成三年七月一日    団地下水道施設 犬山市へ移管
 平成三年七月五日    長者町会館及びその敷地
                 長者町自治会に寄付

と記されており、開発者名の13名の名が記されておりました。
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この日も、例のごとく長者町会館前で一斉に写真撮ったりして面白がっていると、地元の4丁目に住むMさんに「名古屋の長者町から来たの?、長者町の人?」とお声をかけていただきました。やはり、私達の行動は声をかけたくなるらしい。(笑)
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■長者町づくし
 さすが長者町の名を残そうと造られた町だけあって、もうあちこちに「長者町」の名が・・・。(笑)
もちろん我れらゼミ生はその本領を発揮して、町に散らばる「長者町」の名前を見つけてははしゃぎまくり、冩眞を撮り、ニコニコしっぱなし!!まったくもって面白い連中なのです。(爆)

・県道の標識や電柱看板の下にも長者町!
 Hッキー、新人Yさんも長者町ゼミ手ぬぐいを手にパチり!
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・「長者町団地」のバス停では、皆が一斉に写真を撮り(爆)
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・「犬山長者町簡易郵便局」
 Hッキーはお約束の長者町ゼミ手ぬぐいでパチり!
 じつはこの郵便局、以前やられていた方は地元の方で駄菓子屋さん兼業だったらしく、郵便物を持って行くと駄菓子をくれたり、仕送りなどの郵便物を持って行くと、ワザと小さい事にして料金を負けてくれた人情味ある郵便局だったらしい。やっぱり長者町には人情だよね!(笑)
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・住所
 目ざといゼミ生はもちろんこんなのも見逃しませぬ!
ポストに書かれてる住所や、自販機に書かれてる住所まで!!
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・一品
 今回の征服で最も人気が高かったのがこれ!
長者町団地自治会の消火器BOX。
ほぼ料理人のBちゃん一押しでした〜!!(笑)
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・意外とレア
 羽黒駅から続く県道16号線が、同じく県道188号線とぶつかった交差点には二つのレアなモノが。
一つは交差点名「長者町団地」。交差点名に「長者町」が付くのは初めてかも?!
もう一つは、その脇の鍼灸院名に「長者町」が付いてて、じつは店舗名に「長者町」が付くのはあまりないのです。
 なので、そのレアさを知ってるので、Hッキーはここで「おおー!」と唸ったのでした。(笑)
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・長者町団地5
 会館の前で出会った地元の方に教えていただいた5丁目へ。ここでの収穫はこの「犬山市広報板」と言う掲示板。上の()書きには(長者町団地5)と書かれているのです!(←力入ってます!笑)
もちろん、そこに”たむろする”ゼミ生。←傍から見るとかなり面白いですよ。(笑)
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 短い時間でしたが、探せばもっとあったに違いありません。が、今回はここまで!
そんな満足気なゼミ生をを見下ろすかのような”女神像”?(笑)に出会いながら、一行はこの後、近くの明治村へ向かうのですが、向かうバスの停留所も「長者町団地南」!! 最後まで”長者町づくし”だった今回の征服計画。
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 途中、T女史からこんな名言が飛び出しました。

    『女にだって征服欲はある!』 

 さすが!この青空のように気持ちよく決めてくれました〜!!

<文責:マツナガ>
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2013年11月18日

こっそりと活動中

みなさん、こんにちは。すっかりご無沙汰のもーちゃです。

今年はえびす祭りが10月に行われたので、ゼミ活動も例年より一足はやくOFFに突入。

えびす祭り後の最大のニュースは、ゼミ生初!!のおめでたいお話

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やっこちゃんが華燭の典をあげたことかしら。

もちろん、お祝い会もゼミでしましたよ。

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なぜか「紅白『未完成』かくし芸大会でしたけどね(笑)。
歌あり踊りあり、ものまねあり、落語あり、お絵かきあり、オゲレツありの大盛況の会でした。
新郎も、新婦の仲間がこんな人たちだとわかって、さぞかし・・・不安になってたりして??


さて。みなさん。
昨年来、ゼミで「全国長者町征服計画」とうのを行っていたのを覚えていらっしゃいますでしょうか???
そして、その中で「長者町山ガール班」というのがあったことも覚えて・・・ないでしょうね(笑)。

行楽日和となった先週末の土曜、久々に山ガール班がいってきましたよ、山に。

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こーんな景色をみながらの登山。登った山は

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三重県の御在所岳です♪

え、関係ないじゃん?って?? まあ、関係ないんですけど。

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でも、計画途中地図に「長者」の文字を発見しちゃったのね〜。「長者町」じゃなくても、とりあえず「長者」は押さえておこう、と三角点からさらに足をのばしたもーちゃとカメちゃん。

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さて、長者池とな・・・

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むむむ。これが池・・・???

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明治時代、この池の主から不思議な能力を授かり、手かざしによって人々の病を治して長者になった人がいて、それにあやかってこの池を「長者池」と名付けたそうな。

この池のほとりに岩があって、それを撫でると願い事が叶うというパワースポットでもあるらしい。

ふうううう〜ん。

一応、ミッション達成の2人。行き(中道)と違うルート(裏道)で無事、下山しましたとさ。

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ちなみに、ホントは「紅葉登山」だったのですが、頂上付近は紅葉が終わっていて、中腹より下でもまばらな感じで残念でした。

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<文責:もーにんぐちゃいるど>









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2013年04月02日

全国長者町征服計画・清洲編

いやあ〜桜も満開!春爛漫ですね。みなさんお花見はもうされましたか?

ゼミの花見は、前の週に映画のイベントがあったりして宴会部長もお疲れだったので、いつもとは趣向を変えて「春のさわやかウオーク」と題し、桜の咲き乱れる清洲を、清須越しの痕跡をたどりながら歩くというカタチで実施しました。

そうです。清洲といえばもーちゃのふるさとでもあり、名古屋の長者町の「ふるさと」でもあります。
信長城下よりながらく栄えたまちでしたが、1610年、戦略的な理由により徳川家康の命で、尾張の首府を清須から名古屋に移すといういわゆる「清須越し」が行われたのです。
6〜7万の住人とともに、130以上の神社や寺院が移転。それにともなって清須の各地名も名古屋城下に引き継がれました。「長者町」もそのうちのひとつなのです。


JR清洲駅を出発した一行。いきなりの雨・雨・雨!
せっかく配布した清洲越し当時の古地図もなんだかぐっしょり。

駅からまっすぐ歩き、区画整理でちょん切られた神社っぽいところを曲がると美濃街道へ。
旧街道らしいおちついた家や、立派な鬼瓦や蔵のある家が見受けられます。

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桑名町発見! 清洲越し後は、現在の丸の内2丁目に越したまち。
こんな風に「長者町」も証がのこっていればいいんですけどね・・・。

御園地区(伏見の御園座の「御園」)を抜け、いったん美濃街道からはなれて、昼食を食べに。
創業慶応2年という老舗そば屋さんへ。十割そばがウリだそうですが、もーちゃがココを選んだ理由はなんだか面白そうだったから。
だってHPにのってるメニューがね〜。「老舗のそば屋」じゃないもん(笑)

KちゃんとM氏が看板メニューの十割せいろそばを注文。2人分いっしょに盛ってくるというのでどんなかと思ったら

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こんなでした! でかっ。上にのっている茶色いのは、梅干しの天ぷらです。
まああ〜ここのおかみさんがよくしゃべる人で、お店のこだわりをとくとくと語ってくれました。
話が長くなるので割愛しますが、興味がある人はもーちゃの個人ブログを読んでくださいましね。

清洲橋を渡り、桜並木突入〜。

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雨もあがっていい感じ。人出が少ないのは雨のおかげかな。
途中合流のMちゃんを迎えにKちゃんともーちゃがお城に行っている頃、他の面々はさっそく屋台で買い食いに走る人あり、顔ハメをするモノありとすっかりフリーラムに「桜祭り」満喫モード。

以下、文章にすると長くなるのでざっと写真でご紹介。

甲冑を着せてもらい、はしゃぐT女史とM氏。

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・・・M氏、マンガみたいだぞ。最初に切られるへっぽこ雑兵(笑)
つられてMちゃんとHッキーも

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Mちゃんりりしい!

「ふるさとのやかた」では、ほほをそめつつ「恋いみくじ」を買う乙女なS嬢

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結果は「まだ早い」  ま、まだですか???
ちなみにYちゃんは「神頼みしかない」そうです(笑)。

私もひく〜、といって買いにいったMちゃん。しかし買ったのは

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信長影武者セット(笑) ひげや眉はともかく、なぜか口紅とかイヤリングが装備されているからオドロキ。

やっとのことでみんなを引っぺがし、清洲城へいっても

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火縄銃を撃つものあり

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太鼓をたたくものあり。

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すっかり「清洲観光」を満喫し、Mちゃん途中離脱。

はしゃぎ疲れて腹ごしらえ休憩。

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ここでも昼間の雨効果なのか、テーブル席をGET! のどかな花見を堪能です。

清洲公園で信長公にご挨拶し、やっと美濃街道に復帰!

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途中参加のN氏とも無事合流し、清洲本陣跡へ。みんなの興味はその隣の看板建築がいけてる病院。

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「札の辻」をみて、五条橋(清洲越し後の橋は円噸寺にあります)を渡り、本町通りをぶらぶら。
信長になってみたいけど♪の清洲酒造の前を通り、いよいよ「いざ!長者町」

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長者橋を渡っているときに、「あっ!トマソンだ」との嬌声が。

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黄色いドアをあけると、そこは・・・?
昔は非常階段があったのかしら??

とりあえず、長者橋の標識の前で記念撮影。
・・・だってね、たぶん長者町の痕跡なんてないもん。もーちゃが子どもの頃(まだ「大字」「字があった時代)にもすでに「長者町」は無かったような。

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古地図を手にしたM氏も
「五条川の瀬替え(1669年)の時点で痕跡がけされちゃってる可能性もあるかもね〜」
と。
さらに。もーちゃの子どもの頃にはなかった道路ができ、区画整理されて分譲住宅が建っていました。
OH,絶望的だ・・・。

それでも一応は手分けして散策。駅方面チームに、なぜか瀬替え前の川の痕跡を探しに行くというN氏、そして小学校周りを捜索しにいったもーちゃチーム。

そしてやはり痕跡はなく、もーちゃチームは

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ネコをめでたり、

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小学校で逆上がりをしてみたり(笑)

と、いうことで清洲でみつけた「長者町」表記は、「ふるさとのやかた」にあった清洲城下の地図のみという結果に。

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まあ、それでも「清洲の長者町征服!」ということにしておきましょう。

ちなみに。普段の清洲はひとけもない静かな田舎町です。
桜祭りの時期に来てよかった。

★清須市観光情報はコチラ→清須市観光協会・公式サイト

補足:清須市は、清洲町・春日町・新川町・西枇杷島町の4町村が合併してできた市です。
   旧清洲町散策部分は「清洲」の表記をしました。

<文責:もーにんぐちゃいるど>

































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2013年02月13日

長者町征服計画:秋田県横手市八幡長者町

久しぶりに長者町征服に行って参りました。ただし、わざわざ行った訳じゃありませんよ。たまたま長者町の近くに用事があったからついでに行ってきただけです。と、敢えて前置きをしなければ恥ずかしくなるほど!未だかつてない、「何もない」長者町でしたっ!

今回行ったのは、秋田県横手市八幡長者町。google mapで見ると、300メートル足らずのごく狭い区画です。大きな工場1件と、住宅が十数件、そして何もない空き地があるのみ。

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行ってみると!コーポと新築住宅しかありません!しかも雪に埋もれています!通行人もいません!

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かろうじて、地図に記載のある「メゾン・オオミ」は確認できました。

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しかし、いつも皆が見つけては一喜一憂する、電信柱の町名表記すらありません!

実は、あまりにも何もないことは、「現地特派員」が調査済み。横手市の隣の湯沢市にお住まいの筆者の知人Tご夫妻が、何かのついでに(もしくはわざわざ)事前調査してくださっていたのです。この地点が「長者町」であるということは、コーポの住人の郵便物の住所をこっそり見て確認済みだそうです。が。さすがにそういったものを証拠物件として採取するのは気が引けたので、たまたまコーポに帰宅された女性を捕まえて「ココは長者町で間違いないですか」と証言を取りました。

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ハナシには聞いていたものの、あまりの「何も無さ」に落胆する筆者。そこへTさんが取り出したのは、事前に準備しておいた手書きボード!なんたる準備の良さ!名古屋長者町繊維卸会館の旗とともに、証拠写真を撮影して頂きました!

あ、長者バタが裏返ってますね。しつれいっ(^_^;)

いちおう、カーナビ画面も撮影しておきました。

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さて、本来の予定のために長者町を離れたワレワレ一行。車の中で、T奥様がおっしゃるには。

「小学校で『長者の山』という民謡を謡いました」

なんでも、秋田県民なら誰でも知っているくらい有名な歌なのだとか!



そういえば、「長者」と付く地名が最も多いのが秋田県。ワレワレの作った長者町制服計画地図に記載しているだけでも19箇所あります。多いのは「長者屋敷」と「長者森」。これらもいずれ、つぶさに踏査せねばなりません!!

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というハナシをT夫妻にすると、秋田にやたらと「長者」地名が多いのは「『長者』の認識レベルが他より低いのかも知れないなぁ」とのことでした。「このくらいなら長者って言ってもいっか!」と、ちょっと裕福であれば軽々しく「長者」を名乗ってしまったのかも!ホントの長者がどんなものか知らない、井の中の蛙だったのだよ!との一地元民の見解でした(^_^;)

さて、まだまだこの続きがありました。後日、ワレワレは別の用事のために秋田市に移動しました。割りとヒマな時間があったので、それぞれ市内を勝手にプラプラしていました。すると、同じく県外から来ていた友人ワラワラが、近くの土産物店で「長者の山」なる菓子を見つけた、というのです!

我がゼミのブログライター・もーちゃに愛知県の珍スポット「五色園」を案内してもらって以来、何かとゼミに有用な情報をもたらしてくれるようになっていたワラワラは、なんと証拠写真まで撮ってきてくれました。

しかし!実物を買って帰って自慢したい!買いに行く時間はあるか?あるか?
寸の間を見計らって土産物店に走りました!アリました!

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ハコのウラには、なんと民謡「長者の山」の歌詞、その謂れまで記載されています。ぅぅぅ。思わぬ収穫!

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ウチに帰って食べてみました。小豆の寒天寄せみたいなお菓子で、中にお餅が入っています。1つは予約済みなので、筆者の独断による人選で先着4名に差し上げますよ!

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ちなみに、長者町征服後に訪れたのは湯沢市の犬っこ祭。狛犬のように対になった犬っこ(阿吽になっています)とお社の雪像がセットになったものが会場に建ち並びます。秋田っぽい食物の屋台もたくさんあって楽しいですよ。花火の打ち上げもありました。

下の写真は、今回案内して下さったTさんがお勤めの会社が出品した作品。LEDを扱う会社なので、お社にピカピカと青色LEDが瞬いていましたが(ストロボ焚いたので、写ってません)「あんなチンケなLEDなら飾らないほうがマシ」と、始終ぼやいていました。

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ところで、google mapの横手市長者町内にひときわ大きく掲載されている「株式会社ファーストカスタム 」とは、一体何の会社なのか、気になったので調べてみました。なんと、キャンピングカーを作っている会社の本社及び工場のようです。そういえば、知り合いの秋田のタレントさんが「キャンピングカーのイベントに呼ばれて行ったことがある」とおっしゃっていました。コチラの会社の主催イベントだったのかもしれません。

コーポの住民が長者町の町名由来をご存知のはずもなく、今回は「切り込み」はごく浅めに済ませてしまったのですが、ひょっとしてコチラの工場の方とお話できたらもう少しマシなレポートが書けたかもしれません。後日の調査に委ねましょう。

<カメ>



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2012年10月11日

第一回?国際ブラチョウジャ

いよいよ第12回長者町えびす祭りまであと一ヶ月!!となりました。

今年のゼミブースでは何をするかというと・・・「国際カルタ大会」exclamation×2

全国長者町カルタ協会がカルタ普及会が出来たことにより発展的解消したので、じゃあ次は「全世界」に目を向けようではないか!!という壮大な妄想のもとに、えびす祭りで外国の方に長者町カルタを楽しんでもらおうという計画なんです。

いきなりカルタも難しいから、カルタの前に国際ブラチョウジャもしよう。あ、でもお祭りの時は非日常の長者町だから、日常の長者町も案内したらどう??っていう流れで今回の国際ブラチョウジャ開催とあいなりました。

「外人だからねえ〜来るっていってても来ないかもしれないし何人集まるんだか」

と、ドキドキして待っていたもーちゃ達の前に現れたのは、中国から来日して1年のRさんと、アメリカから来日して2年のAさんのカワイイ女子2名。

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待ち合わせが伏見通りX錦通りのビル前だったので、いつもとまったく違うルート、桑名町通りからスタート。会所のひとつである福泉寺より「国際ブラチョウジャ」ガイドスタート!

清洲越しの話から。「簡単な日本語で」ガイドしなくてはいけないハズなのに、リーダーいつもと同じわーい(嬉しい顔)

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補佐役のゼミ生がフォロー。ホワイトボードに絵やキーワードを書く「絵通訳?」もいます。

桑名町通りを伝馬町まで歩く。Rさんは「ラーメン大」に食べに来たことがある!と得意げ。

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桑名町X伝馬町といえば、升半さん。ここでブラチョウジャ恒例の長者町クイ〜ズ!

「初代半三郎さんは、商売をはじめるにあたりどんなものがいいか占いで決めたといわれています。その占いで、ある色のものがいい、といわれたためお茶の商売をはじめたそうですがさてその色は
A:茶色  B:青色」

2人とも茶色の方へ。正解は・・・青色! お茶が青?と怪訝そうな顔の2人。

「日本の信号機を思い浮かべて!青信号っていっている信号の色は緑でしょ?」

なぜか緑色のものを青と表現する日本。青リンゴも青々とした木々も、色としては緑なのに。

その「青」を体験しに升半さんの店内へ。
朝、外国人を連れてお店の見学に伺います、とご挨拶に立ち寄ったところ、
「それじゃあ、お抹茶の準備をしておきますので召し上がって下さい」
とうれしい提案をしただいたのです。と、いうことでRさんAさんお抹茶初?体験。

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積極的はRさんは「どういうお作法で飲むのですか?」と質問。丁寧に答えて下さる店員さん。

あまり大勢で店内に入っては・・・と数人は外で待機していたのですが、なかなかでてこない。
なぜかというとお抹茶のあとにさらに「焙じたての焙じ茶」をいれて下さっていたのです。

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「外国人の方の反応を見てみたくて・・・これから外国にもお茶を勧めたいですからね」

さすが升半さん!

升半さんを後にした一行。次は「問屋さん見学」 伝馬町通りの東海足袋さんへ。

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問屋さんと「うなぎの寝床」の説明。絵ガイドのKちゃんが上手にうなぎの絵を。

「ネドコ?」

そう。うなぎが身体をのばして眠れるくらいに間口が狭くて長細〜い家のこと。アクション担当もーちゃが眠るポーズ。

東海足袋さんで扱っている足袋はメイドイン・チャイナのものもあるそうですが、中国には足袋はないそうです。鼻緒のついた履き物がないのですね。ひとしきり足袋談義。

やっと長者町通りにでた一行。

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山車のからくり人形と、トマソンのガイド。

前の2件のお店見学ですっかり時間を使い、この時点で「のこり15分」
と、いうことで足早に福生院さんへ。

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「神々のテーマパーク」といういつものガイドにRさん大笑い。
「神様がたくさんいるところって神聖な感じなのに、テーマパークって・・・賑やかで楽しそう」

日本は八百万(やおよろず)の神、ってくらい神様がたくさんいて賑やかなの大好きだしね。
すかさずボードに「八百万の神」と書くKちゃん。するとまたRさんが

「八百って、八百屋みたい」

というので、

「日本ではたくさん、のことを「八百」って単位で表すことが多いのよ。嘘八百とかね」

というと、Aさんが

「OH 嘘八百、わかります」

と。・・・日本人の若者(!)でも嘘八百ってあんまり使わないから知らない人もいるかも、なのに。


用事があるリーダーのみここで解散し、最後にみんなで日本の由緒正しい(!)喫茶店でランチ。

長者町カルタ『まちに帰ろう ごはん』 の絵札にもなっているアンダンテさんへ。あらためて自己紹介をし、楽しく会食。

「私でも1年、外国で暮らしたらそんなにしゃべれるようになりますかねえ?」

という質問に、二人とも笑顔で大丈夫!と返してくれました。
やっぱりコツは現地で友達を作ること、だそうです。

最後にアンダンテのママさんも一緒に記念撮影。

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これにて第一回国際ブラチョウジャ終了!
お二人は楽しんでいただけたのでしょうか???

もーちゃ達はとっても楽しかったです。ガイド内容はいつもと同じでも質問や反応が全然違うから。
改めて日本語の奥深さというか、独特の表現を感じました。

ほぼ当日の朝に頼み込んだにもかかわらず、快く応対下さった升半さん、東海足袋さん、アンダンテさん、本当にありがとうございました。

さあ、次はえびす祭りだ!!! 外国の方、集まるかしら?

P.S.都はるみさんが歌う升半さんのCMソング、ぜひ聞いてみてね→


























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2012年09月19日

ブラ長者★福井の巻★

行楽の秋突入!!なのに、台風の影響か、不安定な天気が続いてますね。
今週末はすっきり!晴れるといいのですが。

さて。今日は夏の「ブラ長者旅」報告・・・そうなんです。まだ行ってたんです、長者町に。

近年「お盆は18切符で行く日本百名山登山!」がMYブームなもーちゃ。今年はばば〜んと5枚綴りを買ったので、あまった18切符でせっかくだから「長者町」に行こうかな、ということで、ゼミ生未踏の長者町でもっともアクセスがよさそうな福井市の旧長者町に行くことに。

そしたら、岐阜にも関東遠征にも行きそびれたS嬢が「今度は絶対私も行く〜」といいだし、長者町巡りといえばだまっていないT女史、M氏、Tリーダーも参戦することに。と、いうことで追加の18切符を金券ショップでGET。

「あのね、いっとくけど『18切符の旅』だからね!列車乗り継ぎ・乗り継ぎだし、同じ切符で乗り降りするから団体行動厳守。遅刻したり、途中で帰りたくなったら実費だよ」

M氏とTリーダーは問題ないんだけども。
「私、指定席でしか移動(旅行)しない」
というT女史に、
「基本、国内旅行ってしないからさあ〜、18切符なんてはじめてなんだよね〜」
っていうS嬢が若干不安材料でしたが(笑)

8月17日。無事に全員時間通りに集合し、いざ!片道3時間の列車旅スタート電車

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列車旅、といえばコレですね。銀河鉄道999♪ 鉄郎とメーテル。18切符の旅は、列車乗り継ぎ待ちの時間もムダにしてはいけません!敦賀駅前には「松本零士ロード」があるんですよ。

そして福井着!まずは「越前おろしそば」「ソースカツ丼」という福井グルメを堪能し、めざす福井市順化2丁目にむけてブラブラ散歩。結構、この散歩が楽しくてのんびり歩いてしまいまして・・・

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だってこんなのがあるんですよ。Bなニオイもするし、思っていたよりもおしゃれなお店もあったりする福井市。

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トマソン。だんだん「長者町」のニオイがしてきました。そして、じゃじゃじゃ〜ん。

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第一長者町発見!13時26分。シルバーにピンクが映えるマンション。
そして、前方にでーんと長者町パーク!

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この「長者町パーク」が今回のハイライト。長者町がたくさんわーい(嬉しい顔)

オレンジ色が目立ちます!

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これ、カワイイぴかぴか(新しい)

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長者町パークの敷地には、長者町ビルも建っているのですが・・・

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入居店舗の看板は全部裏返し。廃墟ビル???

そして。メインの石碑へ。

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切り込み隊長T女史が、この石碑のある料亭に聞き込みにいくも、旧長者町のエリアがわかったくらいで詳しいことはわからず。

碑によれば、城下町の中でも際だって敷地が広い屋敷がおおく、有力な町人が住んでいたと思われ、そこから「長者町」の名がついたのではないか、ということでした。
いつの時代に町名が消えてしまったのかもよくわからずじまい。

ですが。この碑にある「城下町の中でも有力者が住んでいるエリアを長者町と名付けたのでは」という説は、なかなか興味深い話でした。

京都の長者町通りも、秀吉の聚楽第があったころ「通り沿いに貨幣の兌換や金・穀物を調達する家があり、裕福であったので長者町と呼ばれるようになった」そうですし、清洲の長者町も城下町(もちろん清洲越しのまちである名古屋の長者町も城下町)、福山の長者町も城下町。

長者+な地名のほとんどは、昔、長者の屋敷があって・・・という由来が多く、○○長者伝説というのも数多く残されていますが、城下町に長者町あり、とすれば、もしかしたら私たちが把握している以上に長者町が存在していた可能性があるからです。

お城にいって城下町の町割り図があったら、そこに「長者町」がなかったか探してみるのも楽しいかも、ですね。

さて。せっかく福井にいくんだから、と、いろいろと福井市の観光名所も調べていったもーちゃですが、真夏の暑さで隊員達はすっかりグロッキー。喫茶店で涼んだあとは、路面電車にのって福井駅にもどり(って、路線乗り間違えたので随分遠回り散歩もしたのですが)、またまた片道3時間かけて名古屋まで帰ったのでした〜。

<文責:もーにんぐちゃいるど>


























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2012年09月07日

ブラ長者★上野の巻★

ただいま、夏の宿題を大あわてで片付けているもーちゃです。

と、いうことでやり残したこと・・・全国長者町征服計画・第一次遠征のラストとなる、上野の巻を今日はお届けします。

事前の役割分担で上野の長者町があたったもーちゃ。
リサーチ結果は

天正の頃(1573〜92)に朝日長者という豪戸があり、その邸地にできた町ゆえの名という。(台東区『上野・浅草歴史散歩』)

でも、江戸の頃には貧民屈だったようで、長者の名と、貧乏を皮肉った狂歌がよまれたりしたそうです。

下谷長者町から、長者町へ、そして昭和39年には上野3丁目になってしまった長者町。
はたして、長者町の痕跡はあるのかな??事前リサーチでは、とにかく「長者ビ」なるものはあるらしいのだけれど。

ドキドキしながら、コインパーキングに車を止め、このあたり?と歩き始めたそこには・・・おお!第一「長者」発見!

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自治会は旧町名で活動しているところは全国的に多いようですが、おかげさまで無事に「長者町」に出会えました!

さらに!こんなものも。

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長者橋ガード!!!

そして。もーちゃが事前リサーチした「長者ビ」!

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ストリートビューでみてたの♪このビル。

看板とって満足して歩き始めたもーちゃを呼び止めるT女史。なにごとかと引き返し、T女史がのぞき込んでいるビルの中にはいってみたらば・・・

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OH!かの有名な狂歌が、ビルのなまえの由来として立派に飾られているではありませんか!さすが切り込み隊長!


鐘と金をかけて皮肉った狂歌。

このあと、隣の通りにお店を構える紳士服のお店(Kさん)にお話を聞きに突撃!

旧長者町じゃないのにこのお店に入ったのはワケがありました。
この日の午前中に、洋品店に入ったT女史が、洋品店と名古屋の長者町との以外な接点を聞き出したことをもーちゃ、覚えていたのです。
繊維つながりで何かでてこないかな・・・と思ったんですが

「名古屋の長者町ねえ。岐阜の繊維問屋街には時々買い付けにいくんだけど。今度寄ってみようかな」

残念!でも、ものすごく親切に旧長者町の範囲を教えて下さったばかりか、かの狂歌もスラスラとそらんじて下さいました。Kさん、ありがとうございました!

教えていただいた区画をとにかく一周。

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自治会がらみの痕跡くらい?自治会の方にお会いできればまた違ったものが見つかったのでしょうね。

御徒町付近は面白そうなものもたくさんあったのですが、これにてミッション終了。
長居していると、レンタカーの返却時間に間に合わないので、後ろ髪をひかれつつ、関東長者町探検無事終了!で帰路についたのでした。

★遠征の成果★

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★オマケ★

東京といったら、ココにも寄ってみないとねえ〜。

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YAGIHYOさんの東京店(笑)
近くにシモジマがあったのが笑えました。

<文責:もーにんぐちゃいるど>












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2012年08月24日

信州新町「長者山」登山!!



事の発端は長者町大縁会の後、カフェで休憩しよう!とたまたま集まった女子3人(カメ、もーちゃ、まっちゃ)が、少なくとも「ヤマに登る」ことに抵抗を抱かない面々だったこと。筆者(=カメ)はコドモの頃から「家族とともに山登り」がもっぱら休日のレジャーだったし、もーちゃは数年前から「ペルセウス流星群を見るために百名山のどれかを選んでお盆に登ることにしているものの、毎回嵐に見舞われる」ヒトだったし、まっちゃはトライアスロンおたくで、なんと「登山マラソン」をするヒトだったのだ!

さて、近頃ゼミでは「全国長者町征服」なる活動が流行っている。全国にいくつかある「長者町」に実際に出向き、「長者」という表記を街中に見つけては、それらをことごとく写真に撮り、道行くヒトビトに不振がられる、というのが主な活動内容である。上手くいけば住人と交流を持ち、地名の由来などを聞けたりすることもある。

そういった活動の経過報告じみたものを、実は密かに長者町大縁会で行っていた。全国に散らばる長者町の位置にマーカーを置いた地図を作り、「征服済み」の箇所については現地で撮影した写真を掲載した。

実を言うと「長者町」の数はさほど多くはない。しかし「長者」のつく地名となると、100は下らない。報告地図の見た目のインパクトを増すため、筆者は頼まれてもいないのに、その100を越える地点のマーカーを地図上に置いてみた。その作業の際、地名というよりは山(三角点)と思われるものがいくつか見つかった。という話を件の女子2名にしたところ、じゃーソレらも登りに行っちゃおうか!ということで「ヤマガール班」が出来上がったという次第である。


記念すべきゼミの長者三角点初征服先は、長野市信州新町の長者山。決行は8月19日。参加したのはカメともーちゃの2名。早朝の涼しいうちに登るべく、前乗りして大町の中綱湖畔の民宿に宿泊することに。日中は安曇野あたりでぷらぷら美術館巡りをしてのんびり過ごした。



ところで、懲りないゼミの面々は、つい先日関東に遠征したばかりだというのに、征服意欲は一向に沈静化する様子がなく、実はこの長者山征服旅の前日、即ち17日、もーちゃを含む数名で福井市の「旧長者町跡」を訪ねていた。見つかるものは「長者」の名を冠した駐車場ばかりで、大して面白い発見もなかったそうだが、その道中。「自然がキライ」と公言してはばからないSが、我々の登山計画を揶揄するがごとく、こう口にしたらしい。

「長者山なんて、なんにもないんじゃない〜?」

は?(ー_ー+)

何もないどころか。

三角点もあるし、高原もあるし、

公園だってあるし!団地も(!)あるんだゾっ!!!

ハナも咲いているし、怪しい木の実も落ちてるしっ!


キノコだってこんなにイロイロ…!


まー、「自然がキライ」なSにこんなモノを見せたところで、つまらなそうに「ふ〜ん」と一蹴されるのが落ちだろうが…。しかし、今回の我々の収穫はこの程度のものではなかったよっ!


さて、我々が泊まっていた大町は、信州新町から西側へ一山超えた位置にある。とはいえ、登山口までは距離で言うと20キロ程度。1時間もかからずに到着すると踏んでいたのだが、地図を読み違えて同じ所をぐるぐる周回するハメに陥り、6時に出発したものの、登山口に到着したのは7時過ぎ!登山口のある左右(そう)集落への分岐点を見つけた時はホッとした(’。’;)

長者山の登山口は、民宿「山美荘」の裏手にある。付近に駐車場はないので、民宿のおかみさんに断って敷地内に車を置かせていただく。山から帰ったらおかみさんに「切り込み(=土地のことを根掘り葉掘り聞く)しよう!」と二人で画策しつつ登山道に向かった。

山美荘」隣の家屋も民宿らしく、一体こんな田舎にどんなヒトが何のために泊まりに来るのダローか?というのが我々のもっぱらのギモンであったのだが、聞いて納得。都会からコドモたちが蕎麦打ち体験、農業体験などのために訪れるらしい。また、秋に行われる蕎麦祭りも有名らしい。



上の写真の犬は、隣の民宿に繋がれていた。山を降りてきてから「山美荘」のおかみさんに「犬がついて行かなかった?」と訊かれた。しばしば登山者にくっついて、道案内をしてくれるらしい。一緒に登ったら、きっと余計に面白かっただろう…。

ところで、このあたりの道標によると、長者山への道は「遊歩道」というくくりになっているようだ。長者山の標高は1160メートル。登山口からの標高差は700メートルくらい。事前に調べたコースタイムは1時間半くらい。コドモ連れでも気楽に登れるくらいの山だ。

車も通行可能な幅の広い道をしばらく行くと、登山口に行き当たった。結構立派な道標!



登山道は倒木が多く、余り手入れされていないものの、落ち葉が降り積もってふかふかになっており、割合歩きやすい。中腹までは登りばかりだが、全体的に傾斜は緩い。ロープを渡した場所がいくつかあったが、登山道が狭くなっているため手すり代わりに設置されている感じで、これがなければ登れないほどではない。階段やガレ場は殆どなく、階段登山が苦手なもーちゃには快適だったようだ。

登山道はホボ樹木に覆われており、日差しが遮られるので夏山登山には有り難い。広葉樹が非常に多く、意外にもカエデの占める割合が高いので、秋はきっと紅葉が綺麗に違いない。

左は熱心に「征服記録」を取る班員の様子。



中腹には町営の宿泊設備「山の家」がある。建物は施錠されているが、トイレは使えるようになっていて、手洗いの水も出る。学校登山や町の催しなどに利用されているらしい。建物の前には焚き火の跡があった。

因みに、山の家から少し登山道を外れて左手に歩いていくと、「長者公園」なるものがあった。平らに切り開いた場所に東屋がぽつんと建っているだけ。雲が出ていなければ西側にある北アルプスの壮大な眺めが望めただろう。今の時期は樹木が生い茂っていて北東側の見晴らしが良くないのだが、戸隠連峰や妙高山も綺麗に見えるらしい。

ところで、実は北側の麓からこの山の家まで林道が通っている。 ココから山頂までは距離で言うと1キロなのだが、これまでの道よりはかなり緩やかで、20分足らずで行くことが出来る。ヘタレ班と登山班と分け、ヘタレ班は車でココまでくる、なんて別行動も可能なワケだ。そこで筆者は、何処に行くにもぴらぴらの服を着、ハイヒールに日傘、といういでたち決して崩さないゼミ生Yのことを思い出し、ひょっとしたら彼女でも山頂に立つことが出来るカモ?と、ついつい非現実的なことを考えてしまったのだが、歩を進めるに従い、さすがに山頂直下の樹林帯をぴらぴら服で通り抜けるのは無茶だと悟った。

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そんなことはともかく、山頂に到着!下草が茂って若干荒れているものの、東屋と木製のベンチがあり、落ち着いて休むことが出来る。もーちゃがお湯を沸かしてコーヒーを淹れてくれたので、 ココで大休止!特に何をしたというワケでもないのに1時間ほど過ごしてしまった。


午前中に登ったのは大正解で、徐々に日差しが強くなってきた。日陰にいる分には少しも不快ではなく、登山道のホボ全てが樹林帯なので辛いことはなかったものの、ひとたび日光の下に出ると、痛いほどの日差し!犬もぐったりするワケだ(隣の民宿の犬の写真は下山時に撮影)。

下山時間は1時間足らず。「山美荘」のおかみさんへの切り込みを目論みつつ挨拶に伺うと、ちょうどお客さんと玄関先でお話をされていて、冷たいお茶を薦めてくださった。長者旗につける短冊に署名をしていただき、しばらくお話をしていると、思いがけない情報が!なんと信州新町の菓子店で「長者山」の名を冠した饅頭が販売されているという!思いがけない訪問先の出現に小躍りする我々なのであった。


お菓子屋さんを訪ねる前に、まずは腹ごしらえ!温泉とジンギスカンを堪能しに、次は「さぎり荘」を訪れた。犀川の川縁にある施設で、宿泊・入浴・食事が可能。温泉でさっと汗を流し、いざ、ジンギスカン!

ゴハンと味噌汁をそれぞれと、野菜とジンギスカンを1人前注文した。「サフォークにぎり」も一つ注文。肉は現地調達だから新鮮なのか、「マトンは臭いから食べられない」と言っていたもーちゃも難なくクリア。たたきのような状態の生肉が載った「サフォークにぎり」も臭みがなく、美味しくいただいた。



ところで、サフォークとは、食肉用の羊のことで、信州新町の町営牧場で飼育されているそうだ。サフォークについては「さぎり荘」のサイトにも解説があるが、筆者はココで気になる記述を見つけた。ページの見出しに「黒毛和羊」とあるのだ。

サフォークは、イギリスのサフォーク州で食肉用に交配された品種。つまり「和羊」ではない(そもそもニホンに在来種の羊はいないと思う)。そしてサフォークは顔と足先が黒いのだが、体毛の殆どは白で、即ち「黒毛」でもない。「黒毛和牛」にあやかって、高級感を出す作戦なのダローか?(^_^;)?



ココでまたしても聞き捨てならない報告を受ける。もーちゃはとりわけ羊の中でもこのサフォークが大好きらしく(食物としてではなく、その姿が)、信州新町にいるのがサフォークと聞くや「サフォーク!」と歓喜の一声を上げた。そのヨロコビを前々日の福井の征服旅でSにも語ったのであろう。Sは過去にキリンに顔を舐められるという稀有な体験をしており、そのせいかどうかは知らないが、自然がキライなばかりではなく、動物もキライ。つまり興味がまるでないワケだが、あろうことか、こうのたまったのだという。

「羊なんて1種類じゃないの?」

(^_^;)(^_^;)(^_^;)

ぇと…このヒトの認識する羊という生物は、体毛がふかふかした白い綿羊だけなのダローか?(^_^;)?

羊という「種」はひとつしかない、即ち羊全体を指すのだが、品種は多数ある。飼い犬の品種についても同様で、上記の発言は、例えばハスキー犬もチワワもこの世には存在せず、柴犬しかいない、と言っているようなモノなのだ。


そんなことはともかく、食事を満喫した我々は、新たに追加された目的地を目指す。「長者山」を売っているお菓子屋さんだ!まずは信州新町の中心を目指す。国道沿いのホームセンターに立ち寄り、若いバイトのおにいちゃんに「長者山」という饅頭を売っている店に行きたいのだけど、言うと、何人もの別の従業員さんに訊いて回り、店の名と場所を教えてくれた。少し先の「古い商店街」にあるという!

古い商店街!?

なんだかゼミの面々がヨロコビそうな単語ではないか…

行って見ると、趣のある木造の建物が立ち並ぶ、雰囲気の良い通りが!そこに目的のお菓子屋さん「松崎屋」があった。店の表には特に「長者山」についての言及はないし、ホントにあるのかなぁ…と、半信半疑で店に足を踏み入れる我々、その一瞬の後、もーちゃが絶叫する。あったのだ!

それどころか、長者山の名前の由来が詳しく書かれた説明板まで!それによると、戦火を逃れてこの地にやってきた士族、松崎氏の子孫が繁栄して富豪となり、長者地名が生まれたということらしいが、この松崎氏はお菓子屋さんの先祖というワケではなく、たまたま同じ苗字だからいっかなーと思って銘菓「長者山」を作ったそうな(^_^;)。

「長者山」の他にも、羊をかたどった最中など、郷土愛に満ちた個性的なお菓子をいろいろと製作されているよう。今度訪れたらお菓子の詰め合わせでも買ってみよう。



対応してくれたおかみさんは、我々が長者山に登ってきたと告げると「昔はよく登ったのよー。山の家でキャンプしたりねー」と懐かしそうな顔をされた。そして店を後にする際、信州新町のゆるキャラ「めん子ちゃん」のおせんべいを1袋ずつくださった。


さて、これで今回の我々のミッションは完了したワケだが、最後に一つ、おまけの報告を。

下の写真、どう見ても「農作業中の合間に休憩しているおばあちゃんにもーちゃが話しかけている」ように見えるのではないダローか?

さにあらず。



長者山登山の前日、夕暮れ時の中綱湖畔の宿に到着した我々は、湖でも眺めようと散歩に出た。行きがけは「随分小さなおばあちゃんが座り込んでいるなぁ」と思っただけだった。そう、それにしても随分小さい。帰り際、おばあちゃんはまだそこにいた。全く同じ姿勢で!筆者は思った。このおばあちゃんは「かかし」なのではないかと!事実、作り物のおばあちゃんだったのだが、それにしても妙に現実感のあるいでたちだったので、近くに寄って帽子の下に顔がないことを確認してもまだ、ニセモノだとは思えないほどだった。

翌朝、車でこの横を通りすがる折、「あのおばあちゃんかかしがいなくなっていたら超コワいよね〜」と言い合う我々。いなくなっていたら本当にコワいのだが、ちゃんとソコにいたよ、おばあちゃん。

それにしても、ダレが、何のために設置したのだろう。というのも、このおばあちゃんかかしのいる辺りはタダの荒地で、農作物を栽培しているワケではないのだ。



posted by csemi at 22:42| ブラ長者 | 更新情報をチェックする

2012年08月20日

ブラ長者★岬町の巻★

こんにちは!もーちゃです。
お盆休みは、みなさんいかがお過ごしでしたでしょうか?

お盆休みにも全国の長者町を探検しているゼミ生たち。もーちゃもご多分にもれず「2長者」を制覇したのですが、その様子はおいおい、ということで、今日は引き続き「第一次遠征」・4つめの「長者町」千葉県のいすみ市岬町の報告をいたします。

7/15 チェックイン時間(23時)ギリギリに内房の宿屋にたどり着いた隊員達。
翌16日も、各自朝食をとったあと7時にロビー集合!!と、この日も強行軍なのでした。

内房から、外房へ。早朝ののどかな房総半島の景色を堪能しながらのドライブ。
そろそろ岬町につくかなあ〜と思っていた隊員達の目の前に「長者」の文字が飛び込んできました!

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長者踏切!!!もう、一同大興奮。車の中は大騒ぎ。

はやる気持ちを抑え、まずはとにかく「長者町駅」へ。

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駅舎もなかなかいい感じ。隊員達も思い思いに駅構内やホームを散策。

記念スタンプがないかな?と期待していたもーちゃ。残念ながらスタンプはなかったのですが、変わりに「乗車証明書」をGET! 委託の駅員さんがいるものの基本は無人駅なので、バスの整理券よろしく下りる時に精算するため、どこの駅から乗ったのかを証明する札をとってから列車に乗り込むのです。
もちろん「長者町駅」の記載アリ♪ なにげに発券機のボタンを押したYちのお手柄。

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随分と駅でまったり散策したあと、まちに繰り出す事にした隊員たち。
駅に行く途中、車窓からみて通り過ぎた、長者踏切と、気になるお菓子屋さんを見ようとスタスタ歩き出した探検部・Tリーダーともーちゃ。

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一方、他の隊員達は、岬町リサーチ担当T女史先導のもと、長者町小学校に向かって散策開始。

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途中、こんなものもあったらしいです。

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T女史部隊が、途中道を尋ねた洋品店で
「昔、名古屋の長者町から行商に来ていて、布を仕入れたことがある」
という、岬町と名古屋の長者町のつながりを発見して大興奮していた頃、もーちゃ達もものすごい情報を手にしていたのです。

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それは、気になっていたお菓子屋さんでのこと。

年季の入った店内にはいると、「いすみ長者」の文字がはいったおせんべい発見!
やった〜長者町土産GET!ということで、購入しながら奥様に「名古屋の長者町からきた」ことを話し、「岬町長者」のお話を聞こうとしたところ、あわてて奥様はご主人を呼びに走ったのでした。


岬の長者町は江戸時代、徳川幕府の大名から拝領された土地で、その使えていた大名の屋敷が長者町にあったことからなまえをいただいたそう。なんと!このあと行く、上野の長者町と岬の長者町がつながったのです!

房総東往還の宿場町としてもっとも栄えていた18世紀中葉頃は、木更津、東金と 並んで、上総3町と謳われていたという長者町。

(江戸以降、長者町のなまえは消えたり、復活したりしていたようです)

昭和36年、町村合併により岬町となり、「岬町長者町」だと、町が並ぶからという理由でついに「長者町」の名が消え、現在の「岬町長者」という住所になったそうです。

「こういった話が出来る人が、だんだん減ってきているから・・・」

というご主人。大変歴史がお好きなようで、長者町と歴史の話をたくさんしてくださいました。

話はつきねど、何度も別部隊からの呼び出し電話がはいり、お礼をいってお店を後にし、車で合流地点の小学校に向かったもーちゃ達。

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小学校の門構えもいい感じ!
イマドキの小学校では珍しく、中に入ることもできたので、こんなものも画像に収めることができました。

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長者小学校校歌! 歌詞の中にも「長者」の文字が!この歌、聞いてみたい♪

こうして大収穫の岬町長者をあとにした隊員達。
途中、立ち寄った道の駅では、こんな碑も発見!

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林芙美子さんの放浪記に長者町が出てくる??
もーちゃ、家に帰って見てみたら、ホント、本文に「長者町」の文字が。全然気がつかなかった!

そして。これが長者土産・音羽煎餅!

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横の割れたのは、道中みんなでおやつに食べる用に、奥様がサービスしてくださったものです。

岬町長者のみなさん、お騒がせいたしました。
そして、隊員達は、この遠征最期の地、上野の旧長者町に向ったのでした。
(上野の巻に続く・・・)

<文責:もーにんぐちゃいるど>




















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2012年08月19日

ブラ長者 ★京都(中長者町)の巻★

こんにちは。

久しぶりにブログ登場のヒッキーです。

以前、ゼミ生のmaiちゃんが京都の長者町通を征服してましたが、
中長者町通には行ってなかったということで、この夏、残りの
中長者町通を征服しに行ってきました!

上長者町通と下長者町通は京都御苑 西から、2Kmほどの続いている
通りですが、中長者町通はその北と南の通りに挟まれた場所です。

中長者町通の西には、かつて長州藩と薩摩、会津などの幕府軍とが
激突した「禁門の変」で有名な「蛤御門」があります

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「KBS京都」の裏から始まる約500kmの通りで、
室町通を少し歩いて曲がるとここからが中長者町通の始まりです。
普通の住宅街の通りなんですね。

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少し歩くと京表具のお店のような町屋がいくつかあったり、

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ここは京都御苑のすぐ近く。
長者町の名前の通りにお金持ちが多いのか、
高級住宅が建っていたりするんですね。

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ちょっとこの辺で、地名の入っている証拠を撮影。
まずは、恒例の電柱写真。

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さらに本人登場の証拠写真。
「上京区中長者町通室町西入東長者町」って町名がややこしくて覚えられん。

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さらに歩いていると素敵な町屋と土蔵を発見。
この建物は何なんでしょうか!

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正面にまわってみましょう。

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おおっ! 素敵な町屋に「京もろみ」の看板の素敵なお店。

創業明治12年の「澤井醤油本店」
中長者町通には、こんな歴史のある お店があったんですね。

お店が閉まっていて残念。
お店の方の話を聞いてみたかった。

さらに気になるものをこの建物で発見。
ちょっと、アップで見てみましょ!

0011.jpg

町名のプレートに「仁丹」のマークが!
少し前に、ゼミ生たちと仁丹トークで盛り上がっていただけに
このホーロープレートの発見には、かなりハイテンション。

さらに歩くと、竹で作られたオシャレな柵が。
うーん、京都っぽい。

0012.jpg

こんな古い町名プレートも

0014.jpg

油小路通と交わっているここが中長者町通の終わりです。

0016.jpg

上長者町通と下長者町通も散策して、写真を撮ってきましたので、
こちらも後日レポート予定です。

しかし、夏の京都は暑かった!

(訪問日:2012.8.12、文責:長野寿明)

posted by csemi at 22:17| ブラ長者 | 更新情報をチェックする
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